このような生命を維持するシステムの上に本能が載っているのが動物です。さらに、その上に心が載っているの人間です。ですから、心と自律神経系、内分泌ホルモン系、免疫系は一体となって動いています。これを心身相関といいます。
「心と身体はひとつだ、心技一体だ」と日本ではよく言いますが、医学的に言えば、心身相関ということです。そして、心身相関から病気を考えていこうとするのが心身医学です。
心身相関と言うとむずかしそうですが、日常生活ではごく普通に見られることです。
例えば、興奮すれば、血圧が上がり、心臓がドキドキしてきます。結婚式のスピーチなどで順番が近づけば、ドキドキし、「はい、どうぞ」と紹介されるともう心臓が飛び だしそうです。しかし、誰かに大きな棒で叩かれているのではありません。ただ、頭の中で自分の番だと理解しただけです。それが自律神経を通って、心臓や血圧や体温に反映します。
あるいは、オリンピックの100メートル競争の金メダリストの人達だって、ヨーイという声を聞いているのは耳です。走る合図だと理解しているのは頭です。それが身体に伝達され、身体が熱くなり、心臓が強く脈打ち走る準備ができる。そこへドンとピストルがなるので走り出せるのです。
もし自律神経系が切れていたら、ヨーイ、これは走る準備だと分かっても身体は燃えて来ません。ドン、「それでは皆さん一緒に行きましょうか」という程度になりとてもスタートダッシュはできません。このように、心身は常に一体として動い� �います。
◆治療医学の限界
今日までの医学は、心と身体を別々に分けてやっきました。ヨーロッパにルネッサンスが起きて以降、「神様の物は神様に戻そう。残りは肉体だから人間も動物も皆同じだ」という考え方が出てきました。これで人間の解剖や動物実験ができるようになりました。
それまでは人間は神の子ですから、うかつに解剖などできませんでした。また、人間には心も精神もあるので、動物とは違います。猫や犬とは同じ様には考えられません。犬や猫で得られた実験結果が人間には当てはまるか分かりません。それでは動物実験は出来ません。心と身体を分離したことで、画期的に医学は発展できるようになったのです。しかし、そのように分けてしまうと、当然問題が起こってきます。理解できない 事柄がたくさん出てきます。
◆心身医学でないと理解できない
例えば難治性の潰瘍というのがあります。これは病院に入院すると簡単に治ってしまう。しかし、退院して会社に行くとまた潰瘍を起こす。また入院してくると簡単に治る。その繰り返しで、なかなか治らないから確かに難治性です。
しかし、この人の病気は一体どこに原因があるのでしょうか。胃自体にあるのではないです。
会社に行ってストレスがかかると自律神経を介して胃酸がだーと分泌されます。
そして自分の胃に穴を開けてしまう。だから、この人の病気の本当の原因はストレスです。心のコントロールがうまくいかない限り治りません。やはり心と身体は一体として考えねばならない、ということがわかります。
あるいは、過� �性腸症侯群というのがあります。この「電車は次の駅まで20分は止まらない。トイレに行けない」と思うと、トイレに行きたくなる。あるいは、重要な会議で、「2時間は外にでられない」と思うと、とたんにもよおしてきて会議にでられない。緊張が自律神経系を通して腸を刺激するのです。
高血圧もよくわかります。カーとしただけで血圧が上がるので、心と身体が一体であると考えないと理解出来ません。それが心身医学が誕生した理由です。考えてみたら人間の心と身体は別々にあるのではなくて一体であるという、当り前の事実に気付いただけです。
内分泌ホルモン系についてもそうです。ストレスがあると、例えば、甲状腺ホルモンがたくさん出ているようなバセドウ病があれば悪化します。それから、副腎� ��質ホルモン、これは有名なホルモンです。アトピー性皮膚炎のときに塗るとか、喘息のときとか、ネフローゼのときに使う強力な薬ですが、副腎から分泌されているホルモンです。ストレスがかかると副腎皮質ホルモンの分泌が増加します。そうすると血糖を上げます。自律神経も血糖を上げますから、糖尿病が悪化します。
性ホルモンにもストレスが影響します。強い不安があれば生理が狂ったり、時に無くなったりします。これは生物的な適応としてみると、非常によく分かります。不安が強い環境や状況では子供を産むのは危険です。不安があると生理が止まって子供が産めなくなる。これは適応現象なのでしょう。
それから、最後の免疫系です。例えば、大きな悲しみがあると、その後がんが発生しやすいのではな いかと考えて調べた研究者がいます。その研究者は一番大きな悲しみは、長年連れ添った夫婦が、そのどちらかに先立たれることだと考え調べてみると、そういう方にはがんの発生が多かったということが報告されています。
あるいは、同じ様にがんになっても、積極的に前向きに明るく生きる人は長く生きる。極々稀ですけども、自然治癒もあり、治ってしまう人もいるということです。そういう人達の性格を見てみますと、非常に明るくて前向きだととうことが報告されています。免疫系が活性化するのでしょう。この方面の研究はまだ始まったばかりなので、確定的なことを言うには、もっと多くの研究が必要ですが大変興味のあるところです。
以上のようにストレスがあると、頭の上から自律神経系、内分泌ホルモ� �系、免疫系に爆弾を落としているのと同じです。これでは健康にはなれません。さらに昼間だけではなく夜もそうです。最近は簡単に24時間心電図をとれます。それで見ると夜中に不整脈が発生している人が結構います。どういう時かと言うと、夢を見てる時です。怖い夢や腹の立つ夢です。すると、自律神経系が刺激されて不整脈が発生する。このように、昼も夜も身体に爆弾を落としています。
◆「食べるな、飲むな、吸うな」は禁句です
それと、もう一つ大切なことは、ストレスかかるとストレスを発散するために
過食、お酒、煙草が必要になると言うことです。ストレスが原因で「食べている、飲んでいる、吸っている」、思い当たる事はないですか。
私の診療室には、痩せたいと言ってこられる方も多� ��ですが、「なぜ太ったんですか」聞くと、「食べたからだ」と答えられます。それはそうでしょう。食べないで太る宇宙人のような人いません。私が聞きたいのは、食べたら太る事が分かっているのになぜ食べたかです。その理由を聞くと、やはり家庭でイライラすることがあったとか、仕事がうまくいかないとか、試験に失敗したとか、失恋したとか、どうもそれらが原因ということが多いです。
もっと悲惨なのは、日頃「食べてはいけない、飲んではいけない、吸ってはいけない」と思って頑張っていると、それ自体がストレスです。「不快指数」が上がる一方です。頑張れば頑張るほどストレスになり、さらにイライラして過食・お酒・タバコが必要になる、という悪循環に落ち込むことでしょう。
こうして見ると、 医者や栄養士は随分ひどいことを言っています。ストレスがあって、食べたり飲んだり吸ったりしているのですから、ストレスを解消する方法をサポートしないといけないのに、「飲むな、吸うな、食べるな」です。
「また失敗ですか。そんなことでは駄目ですよ」と患者さんを責めるのですが、それは残酷です。頑張ろうとしていること自体がストレスですから、そのうえに実生活上のストレスがくれば、食べてしまいます。一度食べれば、情けない自分を忘れるために、「もうどうでもいいや」とやけぐいになります。もう、十分自分を責めているのに、さらに医者や栄養士から「まただめじゃないですか」。これでは立つ瀬はありません。